大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 平成9年(ワ)596号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三三一万六五三一円及びこれに対する平成九年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金四二七万〇六九〇円及びこれに対する平成九年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告から賃貸借契約の締結を拒否された原告が、契約締結上の過失を理由に、被告に対し、不法行為による損害賠償を請求した事案である。

二  判断の前提にすべき事実(争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。)

1 原告は西宮市甲子園で美容院を経営しており、被告はシライシ・アド・ビル(通称・白石ビル)を所有している。

2 原告が賃借を申し入れた建物(以下「本件物件」という。)は、別紙物件目録記載の建物(白石ビルの二階)の一部で、別紙図面記載の番号2-Dの部屋(約八七平方メートル)である。

3 本件物件では、訴外船引良祐が平成二年一月から「シップル美容室」を営んでいたが、船引は渡米のため廃業を考え、被告に対し、賃貸借契約の解約を申し入れていた。

4 原告は、平成九年二月一五日、被告の白石専務取締役に会って、本件物件を賃借したい旨申し入れた。これに対し、白石専務は、本件物件の賃料は一か月二〇万円、敷金二〇〇万円、敷引きは四割、共益費一か月三万五〇〇〇円、消費税は別途支払いである旨、賃貸借の条件を説明した。

4 その際、原告と白石専務との間で、同月二一日に契約を締結したいという趣旨の話が出た。

5 原告が、同月二一日、被告を訪ねたところ、白石専務から「契約書は直接、松本さん(原告)宅へ送ります。」といわれた。

6 同月二六日、被告の白石社長室長から原告に電話があった。

7 同年三月六日、白石室長が原告方に来て、本件物件の奥の部屋(別紙図面記載の番号2-Cの部屋(約五三平方メートル))も一緒に借りてほしい、賃料は一か月三五万円、敷金は一〇か月分です、などと話した。

8 被告は、四月一四日、本件物件のみの賃貸借契約の締結を拒否した。

三  争点

1 交渉過程の事実関係はどうであったか。

2 被告に「契約締結上の過失」が認められるか。

3 原告の損害について

第三  争点に対する判断

一  争点1、2について

1 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

イ 船引は、予め白石専務に予告しておき、二月一五日、本件物件の賃借希望者として、原告を白石専務に紹介した。原告は、同所に美容院の支店を出すことを考えていた。

ロ 同日、白石専務は原告に対し、賃貸借の条件を説明したほか、原告の申し出に応じ、同月二一日に契約書を交わすことを承諾した。

ハ その際、白石専務は、同席した船引に対し、「きれいにして返さないかんのが、松本さんが引き継いでくれてよかったですね。」といっていた(被告と船引間の賃貸借契約によれば、船引には賃貸借終了後、遅滞なく造作・設備等を収去すべき原状回復義務があるが、原告がその造作・設備等を引き継げば、船引は原状回復義務を免れることになる)。

ニ 同月二一日、原告は、船引を同伴し、被告に支払うべき敷金二〇〇万円を持参して被告の事務所を訪ねた。原告は白石専務から、契約書ができたら送るので、賃借人と保証人欄に署名捺印して、二七日に持ってくるように言われた。その際、原告は、本件物件の改装工事を予定していること、オープンは吉日の四月九日にしたい旨を告げ、白石専務からも、階下に銀行が入居しておりコンピューターもあるので、工事は事前に知らせてほしい旨の要望が出た。この日は、被告の白石室長も同席していた。

ホ 同日、白石専務の指示で被告の事務員が、原告と船引を水道・光熱のメーター確認のために案内し、また、白石専務と原告・船引の三名で本件物件に立ち入り、個々の造作・設備等毎に、原告が船引から引き継ぐことを、改めて三者で確認し合うなどした。

ヘ その後、約束の前日の二六日になっても、原告のもとに被告から契約書は送られてこなかった。同月二六日の白石室長の電話は、「明日は都合が悪いので、日を延ばしてほしい。」というものであった。

ト 被告と船引間の賃貸借は、同月二七日終了し、船引は、白石専務の了解を得て、本件物件の合い鍵の一つを原告に渡した。その後、船引は、被告から敷金の返還を受けた。造作・設備等はそのままであったが、被告から原状回復義務は問題にされず、返還を受けた敷金は、当初の約定(契約書一三条)どおり二割を差し引いた金額であった。

チ 同年三月六日以降、被告は、何とか原告に本件物件に隣接する奥の部屋(2―C)も一緒に借りてほしい旨、再三にわたり申し入れてきたが、原告は、それでは賃料の負担が大きく経営が成り立たないからと、その都度、被告の申入れを断わっていた(ちなみに、奥の部屋(2―C)は、日中日当たりが悪く、借手のつかない状態が続いていた。)。

リ 同月二七日、白石室長が原告方を訪れ、原告に対し、本件物件のみで賃貸できるようになった旨を告げ、原告との間で、同年四月九日を契約日とすることを約束した。その際、同室長は「美容院を改装されるのでしたら、内装等はうちでさせてほしい。」とか、「看板だけでもさせて下さい。」などと、原告に頼んだりした。

ヌ ところが、四月三日、被告の態度が急変し、本件物件は会社で自己使用することになったから賃貸できなくなったと言い始め、原告が再考を求めても、遂にその態度が変わることはなかった。

白石証人の供述中、右認定に反する部分は前掲証拠と対比してにわかに信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右認定の事実に、判断の前提にすべき事実(第二の二参照)を総合して、被告の責任の有無を検討すると、およそ契約の締結交渉に当たっては、相手方に誠実に対応すべき取引上の信義則があり、契約の成立を信じた相手方に不測の損害を被らせてはならない注意義務があるのに、本件において、被告が本件物件の賃貸を拒否した行為は、この信義則上の注意義務に違反したものであり、原告との交渉過程に照らすと、その違反の程度が著しく不法行為を構成するといわねばならない。

したがって、被告には、本件物件を賃借できなかったことにより原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

二  争点3について

1 《証拠略》によれば、原告は被告から本件物件を賃借することができるものと信じて、本件物件で美容院を開業するため、<1>船引から本件物件内の什器備品等を代金二二三万六五九一円で買い取ったほか、開業に備え、<2>新規に従業員を雇用し、技術者には契約金一〇万円を、見習い二名には三、四月分の給料等合計五六万九四〇〇円を支払ったこと、また、<3>本件物件内に設置された電話の使用者名義を変更したため、三月ないし六月分の基本料金一万〇五四〇円を負担したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(このほか原告は、クロス、ブラインドの弁償金を損害と主張するが、その事実(弁償)を認めるに足りる証拠はない。)。

これらの損害は、いわゆる特別事情による損害に当たるところ、前記認定の原被告間の賃貸借の目的に照らし、いずれも被告において予見し又は予見可能性があったというべきであり、被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

2 弁護士費用

本件事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して、金四〇万円を相当と認める。

三  以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し金三三一万六五三一円及びこれに対する不法行為の日の後である平成九年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、民訴法六一条、六四条、二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日・平成一〇年五月一八日)

(裁判官 白井博文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例